【到着】- 小さな子供を連れた、大きな歩くイスに乗っている女の人がいた。
「あなたの子?」と聞くと「ひとりでわたしの子を育てているの」と答えた。
その人が住んでいる町には、大きな建物が、たくさんあって、歩くイスと、歩けない人と、歩く人が、たくさんいるのに、門がなかった。
「この町に住んでもいい?」と聞くと、「自由に住めばいいよ」と言われた。
住む方法を教えてくれたけど、住む場所をさがす所でも、ヤクショという所でも、住ませてもらうのが大変だった。
【新しい生活】- ヤクショの決まりで、うまく動かない体の人は、うまく動かない体を助けてくれる、ヘルパーという人たちを、おおぜい、見つけなければならなかった。
その人たちは、わたしと、くるまリスの住む家に毎日来て、いつも、わたしのそばにいて、おもしろそうに家の中を見て、おしゃべりして、どこにでもついて来た。
わたしは、友だちに会えなくなって、笑えなくなった。
【服の教室】- 似合う服を着られるようになると、やさしい人や、話してくれる人が、ふえたから、似合う服をえらぶ勉強をして、歩けない人や、困っている人に、教えてあげたかった。
教室にいた人たちは、くるまリスや歩けない人に会うのが初めてで、わたしも「くるまリスや歩けない人に初めて会う」と言う人に初めて会った。
わたしもみんなも、どうしたらいいか分からなかったのに、わたしだけが、どうしたらいいか分からないことを叱られた。
先生だけが人をきれいにできて、こっそり呪文をとなえる魔女のようだった。
【ホウリツイハン】- ヤクショから、「あなたは歩けない人の仲間じゃないから、あなたの体をヘルパーに助けてもらうのはホウリツイハン」と言われた。
どうして仲間じゃないと言われるのか、聞いても分からなかった。
大きな歩くイスのえらい人や、たくさんの人に聞いたけど、「ヤクショから言われたら仕方ないよね」と言われた。
いつからいたのか、ヤクショで灰色に光るヘビが話しかけてきて、「あの人に聞いてごらん」と男の人を見た。いつの間にか、ヘビは消えていた。
男の人は、ホウリツを良く知っていて、話を聞いてくれた。
ヤクショに「ホウリツイハンじゃない」と話してくれたら、ホウリツイハンじゃなくなった。
「法律違反」「国が認める特定疾病移行問題」
【服の本】- 服の本を読むと、世界には色んな人がいて、それぞれ似合う服があって、好きな服がちがって、性格がちがった。色んな人の似合う服を考えて、服の話をすると、服を好きな人たちが、色んな服の話をしてきて、色んなことを話した。
歩けない人たちが動けなくても、似合う服を教えてあげられるかもしれないと思った。
【先生のこと】- わたしと、くるまリスを見た女の人が、うれしそうに、わたしと、くるまリスに話しかけてきた。
わたしと、くるまリスの話をすると、とても喜んだ。
女の人は、体がうまく動かない人たちのことを研究している先生だった。
わたしと、くるまリスのことを、おもしろがる人に初めて会った。
わたしも、先生がおもしろくて、仲よくなった。
【見えないカベ】- カイシャをつくる勉強をする所には、歩く人しかいなかった。
歩く人たちが遠くから、わたしを見ていた。
「歩けない人は来てはいけない」なんて、だれにも言われなかったのに、来てはいけなかった所のように感じた。
「がんばって」って言ってくれる人が少しいたから、がんばった。
「がんばってもムダだよ」と言う人がいて、遠くから見ている人たちの目は、冷たかった。
くるまリスの目が、するどくなっていた。
【ウサギの家族】- おじいちゃんウサギが、家族になった。
ウサギは、うれしいとき、足もとをクルクルまわって、怒るときは、ダン、ダンと後ろ足で床を叩いた。
長く一緒に、いたいと思った。
わたしが、できないかわりに、何人かのヘルパーが、わたしの言うとおりに、ウサギの世話をした。
わたしの言うことを聞かないヘルパーもいた。
ウサギは死んでしまった。
ヘルパーのしたことは、わたしの責任だった。
言うことを聞かないヘルパーのしたことは、わたしがしたことなんだろうか。
泣いても、泣いても、自分を責めて、考えても、考えても、ヘルパーを許せる考えが浮かばなかった。
【ダンス】- ダンスをするイスを見つけた。
次の日も見た。
「あなたもダンスをしてみたら?」と言われた。
わたしは、ダンスをしたいと思ったことがなかったけど、ダンスをする所に行った。
くるまリスは、ダンスを初めて見たみたいだった。
くるまリスは、小さな子供に、「高い、高い」って、あやすみたいに、わたしを天井にむかって、だき上げた。
くるまリスが、なんだか楽しそうだった。
ダンスが踊れなくても、いいと言われた。
ダンスは分からないけど、踊った。
くるまリスは、わたしを両手で持ち上げて、一緒に踊ってくれた。
みんなと一緒に踊れて、楽しかった。
「ここにいてもいい」って、言われているみたいな気がした。
【できること】- 偶然、さようならできずに、会えなくなった人に会った。
「夢は、叶ったか」と聞かれた。
「今は、踊ってるよ」と答えた。
ダンスの舞台に立つことが、手紙になった。
【できないこと】- ダンスが踊れなくてもいいと言われたけど、それではよくないみたいだった。
分からないで踊っているのに、「それでいい」と言われても、踊れている気がしなかった。
頭がしびれて、頭に空気が入らなくなって、ひとりになったみたいだった。
「最後まで踊ろう」って、くるまリスが言っているみたいで、大きな舞台で最後まで踊ったけど、頭は、しびれたままだった。
ここには、いられなくなった。
【迷惑】- 人の服を探すのは、体力がなくて、たくさん行けない場所があって、たくさん、できないことがあって、経験が足りなかった。
うまく説明できずに、迷惑をかけてしまった。
わたしの体は、自分で思っていたよりも、ずっと弱かった。
頭がしびれたまま、戻らなくなってしまったことに気が付かずに、迷惑をかけてしまった。
【よくある平行線】- うまく動けない人のための服をつくるのを、てつだってと頼まれた。
カイシャの社長は、みんなが着られる服を作りたがった。
うまく動けない人は、ちがう体や病気だから、みんな同じ服は着られないと話したら、社長は怒った。わたしが、いけなかったのか、誰がいけなかったのか、分からなかった。
【はじめて踊れたこと】- 新しい所で踊れることになった。
一緒に踊る人たちは、とても上手で、わたしだけ踊り方が分からなくて、頭がしびれて、頭に、空気が入らなくなって、こわくなった。
初めて、くるまリスと一緒に踊る方法を教えてくれて、動かない体でも踊れるように考えてくれて、踊れるようになるまで待ってくれた。
体に空気が入っていくみたいだった。
初めて、踊れたように感じた。
【当事者と理解者】- 体がうまく動かない人たちのことを研究している先生と、チューリップみたいな歩くイスに座っている友だちと一緒に、うまくごはんを食べられない人が、おいしいごはんを食べられるように、本を作ることにした。先生は、楽しそうで、友達は、おいしいごはんを作れて、わたしは、文章を書くのが好きで、三人で話していると、楽しかった。
【パンデミック】- 世界中が暗いトンネルの中に入ってしまったようになって、世界中のみんなが外に出られなくなった。
お父さんが心配してくれた。お父さんとお母さんの家に帰った。
家に帰ると、真っ暗なトンネルの中にいた時のことを、たくさん思い出して、真っ暗なトンネルの中に戻ったみたいに感じた。
門の中の人たちに会った。
門の中の人たちは、わたしを怖がった。
わたしを覚えていてくれた人たちが、遠くから話しかけてきた。
門の中の殆どの人たちは、昔と変わらなかった。
【むかしの景色】- 妹も帰ってきた。
わたしは、くるまリスの腕に乗って、妹と一緒に、日の光がまぶしい土手を歩きながら、花が風にゆれるのを見て、草の間を走った子供のころを思い出した。
今はもう、トンネルの外の森は消えてしまったみたいで、くるまリスは遠くを見ていた。
くるまリスの指を、ぎゅっと、にぎった。
前よりも、少し変わった家族と、前と同じような生活をした。
今は、トンネルの出口が近いような気がした。
【暗いトンネルの中のこと】-
暗いトンネルの中にいたことを、たくさん思い出した。たくさん泣いていたことを、たくさん思い出した。暗いトンネルの中の記憶は、生きものみたいに動きだして、暗いトンネルの中の暗い所をさがしていた。暗いトンネルの中の生きものたちは、わたしが生んだ生きものたちだった。かわいそうに、泣いていた。
暗いトンネルの外にいる、わたしと、くるまリスの絵を描いた。
昔、くるまリスによく似た、リスの絵を描いたことを思い出した。
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